半径50cmの記録

はてなでわっしょい さんろくご

最近読んだ本の話

内容をシェアして自分や誰かの役に立つような本を読まないけど、他の人が紹介してる本が気になって読むことはわりとあるので、たまにこういうのを書こうと思います。

ほとんど記憶のない女

ほとんど記憶のない女

さしたるストーリーがない短編集が好きなので、こういうのをもっと読みたい(いいのを教えてください)

風姿花伝 (岩波文庫)

風姿花伝 (岩波文庫)

昔読んだ時は「人間、年とったらおわりじゃん」としか読めなかったけど、どっちかというと「こういう風にするとクールに年とれるんじゃね?」という提案のほうが書きたかったんじゃないかと思っている。

星への旅 (新潮文庫)

星への旅 (新潮文庫)

高度成長期の時もダメな人はダメだったという作品は結構多いんだけど、今あんまり読まれてない感じする。「今みたいな世界観が今始まったわけではない」みたいな感覚は楽しいので古めの小説はわりと好き。

だいたい「あれを読もう」と思って図書館に行って時には予約までして借りるみたいなスタイルに馴染めないので、なんとなく家にある本とか人の家にあった本とかを適当に読む感じです。

恵方巻の話

毎年、恵方巻のシーズンになると「そんな風習はない」「コンビニの陰謀」果ては「芸者遊びが発祥でまともな家だとそんなことはやらない」とまで言われて、なんか毎年のように腹を立ててる気がします。

たぶん、地域だけではなく縁起を担ぎがちな商家に限定された風習なのかもしれません。そういうごく局地的な風習を全国的なものとして取り扱うことに違和感があるというところまではわかるのですが、もともとの風習まで否定されると実際にやってた立場にしてみたら微妙な気持ちです。

そもそも、実家の太巻きは三つ葉と煮た椎茸という二大嫌いな食べ物*1がふんだんに使われており、酢飯もしっかり酢が効いたもの*2という、子どものころには非常につらい食べ物でしたが、年に一度のことだからと頑張って食べていたのです。あのつらさを思うと、ここにきて否定されるわけにはいけないのですよ!

ところで「巳寿司、寅こんにゃく、卯豆腐」みたいに、昔から京都では決まった日に食べるものがあって、それは「献立を考える」ということが家事において結構な負担であるため、軽減するための生活の知恵としてそうなってるのだと聞いたことがあります。

ならば、恵方巻に限らず「この日はこれを食べましょう」という商売が流行りやすいのも自然なことかもしれません(肉の日とか)。実際「太巻きを人数分買ってきたら、あとは汁物を用意すれば食事が完成する」というのが非常に楽だから恵方巻が全国的に流行ったとも聞きます。行事の日はそうやって家族で楽して季節を楽しめればそれでよいのでは?とも思います。

*1:今はむしろ好物です

*2:こちらはいまだにあまり得意ではない

夢日記2/2

夢の中では祖母の家から美大に通う女子大生という設定になってる。

祖母の家は東京の深沢三丁目あたりで学校には東急コーチっぽい小さいバスに乗って通っている。でも学校は京都の洛北あたりにあるという設定で地理的になんか歪みがある。

その日、午前中は友達と遊んでて、一旦祖母の家に帰ってから学校に行く予定だったのが、微妙に時間が押して、乗る予定だったバスが走って来るのが見える。ちょうど信号待ちにひっかかっているので、走れば間に合うんだけれども、走るうちにどんどん身体が動かなくなる。交差点を必死で走り抜けようとするところで、バスに間に合うことが確定したんだけど、ここまで身体動かないのはおかしいし、夢だとそこで気が付いて目が覚めた。

こういう感じの明晰夢はたまに見るけど、夢だとわかってもどうにもならないことが多い。